仙台高等裁判所 昭和29年(う)598号 判決
おもうに、訴因の制度を設け、その変更及び追加の手続を規定した法意は、審理の対象及び範囲を明確にし、被告人をして防禦権を行使するに遺憾なからしめんとするにあるのであるから、被告人の防禦に実質的な不利益を生ずる虞のない場合においては、公訴事実の同一性を害さない限り、裁判所が訴因変更の手続を経ないで起訴状記載の訴因と異る事実を認定しても、違法ではないと解するのを相当とする。記録によれば、検察官は被告人に対する封印破棄の公訴事実として、起訴状において「被告人は……執行吏が……同建物の表街路に面した中仕切の柱の上部に公示札を釘付して仮処分の事実を標示したのを、同月二十七、八日頃擅に右公示札をその施された位置から取り外し、以て執行吏の施した仮処分の標示を損壞したものである」との訴因を掲げ、原審公判期日において訴因変更の手続により、右訴因中「仮処分の標示を損壞したものである」とある部分を「仮処分の標示を損壞して該標示を無効ならしめたものである」と変更し(右は元来訴因変更の手続を要しない単なる字句の訂正補充と認むべきである)たが、原判決は、「被告人は……執行吏が……該建物の表街路(二十人町街路)に面した中仕切の柱の上部に右仮処分の趣旨を記載した公示札を釘付して仮処分執行の標示を施したのを、同月二十七、八日頃擅に右公示札をその施された位置から取り外して該建物の内側東南角の板張の箇所に移し、その頃該建物の工事を進行せしめ、以て仮処分の標示を無効ならしめたものである」と認定したことは所論のとおりである。そこで、右訴因と原判決認定事実とを対比するに、原判決は、仮処分の標示を無効ならしめた具体的な行為の態様として、訴因に明示されている仮処分の公示札を執行吏の施した箇所から取り外したという事実の外に、該公示札を建物の内側東南角の板張の箇所に移し、かつ仮処分の趣旨に反して工事を進行せしめたという訴因には含まれていない事実をこれに附加して認定しているのであるが、右訴因と原判決認定事実とが基本的事実関係において同一であることは論を俟たないところであり、しかも記録に徴すれば、本件における唯一の争点は、仮処分の公示札を執行吏の施した箇所から取り外したのは被告人であるか否かの点にあるのであつて、被告人がその取り外された公示札を建物の内側東南角の板張の箇所に移した点及び仮処分の趣旨に反して工事を進行せしめた点については、終始被告人の自認するところであるのみならず、敢えて右の如き措置を執るに至つた事情についても、被告人は弁解の機会を十分に与えられかつ立証を尽していることが明らかであるから、裁判所が訴因変更の手続を経ることなしに右の点を訴因に附加して認定しても、被告人の防禦に実質的な不利益を生ずる虞は毫も存在しないと認むべきである。されば原判決が訴因変更の手続を経ないで原判示事実を認定したことを目して所論のように審判の請求を受けない事件について判決をした違法ないし訴訟手続上の法令違背を犯したものということはできない。所論は独自の見解に基く主張であつて採用し難い。論旨は理由がない。
(裁判長裁判官 松村美佐男 裁判官 檀崎喜作 裁判官 有地不二男)